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経済成長は、永遠に続き、人を幸福にし、常に良い、とは限らない

■ 読書備忘録(ビジネススキル、税務、心理学等に関する書籍の読書備忘録。キーエッセンスのみを引用。参考になれば幸い。)

正統的な経済学理論の基礎とは、下記のとおりである
・経済は、独立した個人で構成される
・経済は、経済法則で記述できる
・経済は、安定している
・経済は、合理的で効率的だ
・経済は、性別と無関係だ
・経済は、公平だ
・経済的リスクは、統計学を用いて容易に管理できる
・経済成長は、永遠に続きうる
・経済成長は、人を幸福にする
・経済成長は、常に良いことだ

・「この世の全てが合理的であったなら、何も起こらなかったであろう」(ドストエフスキー)

・個人が幸福を求めて競争しているという考え方こそがまさしく人々を不幸にしているのだ
→ 誰もが自分は幸福では無く、十分に幸せでは無いと思い込むようになる。幸福を求めて懸命になるほどそれは自分の手から逃げていく。

・パスカルの三角形・・・
既に起きたことだけに基づくのではなく、まだ起きていない未来の出来事にも基づいている。
「リスク」の本来の意味は、危険というよりも、未確定で将来あり得ることに幅があることを意味する。

■ 私見
伝統的経済学の理論的基礎(前提)を見てみると、、、
独立した個人、数学・統計学でモデル化可能、合理的、効率的、公平、安定、しかも永遠に成長し、人々を幸福にするといったものがあげられる。
例えば、株価は、上記の前提のうえに企業の業績を反映し、もちろん業績と連動し理論上常に株価と一致するとされる。
その株価の前提となる企業の業績とは、有価証券報告書、決算短信、損益計算書や貸借対照表等々といった経営上・会計上の数値、データである。
そして、アナリストや税理士、経営コンサルタントは、非常に多くの定量・定性データを扱いそれらを分析・駆使してクライアントにサービスを提供する。
前提条件が崩れると、サービスとは一体どこに価値があるのか?にまでいきつく。
本著の題名「なぜ経済予測は間違えるのか?」から考えると、将来の予測は参考にはなれど、完全にあてにしてはならないと解釈される。
勿論、未来は誰にも分からない。
サービスを提供する側としては、慎重に予測をし、慎重に提案をしたとしても、参考程度の指針となる微かな道筋を提示するほかない。

さらに、本著によれば、経済学の理論的前提が揺れ動いている、ということだ。
しかも、理論的前提のみならず、永遠、幸福追求、常に良い、とされる経済成長ですら疑義を挟む。
クライアント企業の幸福追求、永遠継続は我々のサービスの根幹的意義とされるため、企業の永遠の成長はあってしかるべきとされてきた。
そもそも、利益は企業の血液であり事業を継続させる源泉である。ただ、利益を毎年継続させていくことと、利益を毎年逓増(増額)させていくこととは異なる。

「競争 → 企業の成長 = 幸福」

という公式があてはまらなくなってきていると解釈できる。
企業の組織を大きくし、売上を大きくすることで、(幸福を求めて)競争していくことが常に良いとは限らなくなってきていると解釈できよう。

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「過去のことは忘れろ。」はなかなか実行できない

■ 読書備忘録(ビジネススキル、税務、心理学等に関する書籍の読書備忘録。キーエッセンスのみを引用。参考になれば幸い。)

・サンクコスト効果・・・
過去に払ってしまってもう取り戻すことのできない費用。埋没費用。
現在の意思決定には、将来の費用と便益だけを考慮に入れるべきであって、
サンクコストは計算してはいけないのが合理的であるとする。
「過去のことは忘れろ。」である。
→ 本来ならこれから先の意思決定には無関係なハズのサンクコストを考慮に入れたために、
非合理的な決定をしてしまう。
その理由
① 評判の維持
② すでに支払ってしまったコストをムダにしないために過去の出費にこだわってしまう

・「理由に基づく選択」理論・・・
選択や決定をするには、それを選んだ納得のいく理由やストーリーが必要であり、
十分な理由があって選択が合理化できれば、たとえ矛盾があったとしても構わない。

・人にとって選択肢が多いことは幸福度を高めるどころかかえって低下させてしまう

・大数の法則・・・
標本が大きい方が母集団の性質をよりよく表す

・少数の法則・・・
少数からなる標本であっても母集団の性質を代表してしまうと考えてしまうバイアス

・経済人は、下記のように動く・・・
感情に左右されない → 勘定で動く
私情・詩情には無縁 → 市場を重視
人の琴線に触れない → 金銭に触れるのはスキ

■ 私見
サンクコスト効果。
公共事業を数十年続けていて、過去は意味ある投資だったかもしれないが時代は変わり、変更・中止すべき事業。
企業が始めた案件で、投資回収の目途が立ちそうにないことを知ったとしても撤退を容易にできないとき。
ギャンブルで負けが込んでいるのに賭け続けるとき。
人情として、感情論として、過去に使った費用を取り戻したい気持ちが生じてしまい、非合理的な決定、つまり
更なるムダを生んでしまう選択をしてしまう。この合理的でない選択は実生活でもよく表れる。
企業の投資意思決定においても取り返しがつかないことにまで及んでしまうことがある。念頭に置かなければならない。

少数の法則。
たった周りの数人が言っているだけでそこ行ったことを鵜呑みにしてしまう。
テレビで数回紹介されただけで流行りのモノや場所だと勘違いしてしまう。
統計を信頼あるソースから入手していないのに、母集団の性格や性質を決めてしまうリスクは日常にも潜んでいる。
ブログ記事を鵜呑みにしても良くない、第一次情報、第二次情報をよく吟味し、よくよく留意しなければならない。

人は経済人では無い側面が非常に多い。
人は金で動き、マーケットを重視し、冷酷無比の合理主義者では決してない。
非合理的で感情的で気まま。
だからこそ人間なのであると考える。
無意味なこともしてしまうのが人である。
数値でいかに正確で論理的な選択肢の話しをしたとしても、熱い感情や情熱的なストーリーや心から納得がいかなければ人はその選択肢に乗ってくれないことがある。
会計や税金や経営において数字を扱っている者としては、クライアントに納得してもらい実行に移してもらう際には、経済人に対してアドバイスするにはたやすいが、そう簡単にはいかない。
人が感情に左右され、私情も絡み、琴線に触れるときにアドバイスするのは、複雑で矛盾を感じ、非常に難しいと感じざるを得ないことがままある。

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値段はふっかけた方が得

■ 読書備忘録(ビジネススキル、税務、心理学等に関する書籍の読書備忘録。キーエッセンスのみを引用。参考になれば幸い。)

・買う側が気にかけるのは、主に値段の違いという相対的なことであって、絶対的な値段ではない。
→ 主観的には絶対的なものなどは無く、対比があるだけなのだ。

・値段はふっかけた方が得。

・私たちは選択肢そのものより選択肢の「表現」を見て選ぶ。

・「損失回避」・・・お金(価値のあるものなら何でも)を失った場合の打撃の大きさは、
それと同じものを得た喜びの大きさよりもずっと大きい。

・交渉・・・自分から先に数字を言えば有利になる(ダニエル・カールマン)。
←→ 交渉の席を立つと脅す方が良い。

・景気の良い時代でも贅沢な店は、外観だけは立派なはりぼてのようなもので、
上昇志向の人々に「実際よりも豊かな、湯水のようにお金を使う世界がある」と思い込ませるために存在している。

■ 私見
売り手が売価を決定する際、利益ベースのアプローチ、コスト基準のアプローチ、市場の競合に追随するアプローチ等々様々な方法がある。
原価管理なのかマーケット志向なのか売上志向なのかによってアプローチが変わってくる。
しかし、買い手は違う。そんなアプローチは一切しない。
なにかサービスやモノを買うとき、値段に関しては、2つ以上、それも4つも5つもそれらを対比、比較して選ぶ。これを相対的という。
1つのみを吟味してそれにする場合、これを絶対的という。
買うときは、絶対的な場合は少ない。
いわんや、原価がこのくらいだろうから利益率を考えると売り手はこの値段設定をしたのだろう、などと考えるのは競合他社分析をしたがるマーケターか悪趣味の消費者か税理士か会計士ぐらいだろう。

・値段はふっかけた方が得。・・・
これは、アンカー(いかり)のことである。
はじめに伝えた金額によって心理的にその金額がものさしになり、基準点になり、その金額より高いか安いかを計りながら交渉してしまう傾向のこと。
この傾向をうまく利用して、売り手ならば希望価格よりも高い値段をふっかける。買い手ならば希望価格よりも安い値段をふっかける。
価格交渉時のテクニックとして有用な方法だろうと考える。

・「損失回避」・・・
○○を失ったときの痛みの大きさ > ○○を得た喜びの大きさ
同じモノでもそれを手に入れた時よりも、失った時の方が心理的にインパクトが強い。という心理的傾向のこと。
投資意思決定の際、埋没原価(サンクコスト)計算や様々な計算式を使いつつ、経営判断を行う。
計算はどうであれ、失うであろうという恐れ、弱み、心理上のインパクトがあまりに強いので、投資判断を誤るケースが後を絶たない。
これは、人は何か失うことについて極端に反応し、失いたくないという過度の意識が判断を鈍らせる。よくよく留意しなければならない。