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富裕層。虚構でしかない「見栄」と金額で換算できる資産の「実態」は違う

■ 読書備忘録(ビジネススキル、税務、心理学等に関する書籍の読書備忘録。キーエッセンスのみを引用。参考になれば幸い。)

・全ての文化・経済活動は、富裕層のライフスタイルに追い付く作業
(将来に、一般・中間層にまで浸透していく)

・文化が成熟してくると、いったい誰がお金持ちなのか分かりにくくなるという事態が生まれる

・富裕層は自分のスキなものにはいくらでもお金をかけるがスキでないものには一切お金を使わない

・「列に並ばなくていいサービス」は列に並んでいる他の人からいかに文句が出ないようにするかを考える必要がある
→時間の無駄だから行列に並ばない

・こっちのほうが得、損というやり方は富裕層向けでは無い

・モノを売るにしてもサービスをするにしても、本物のサービスを受けたことのある人だけが選択肢の提案やサービスの提供ができる

・形の無いサービスにおいては、何がアップグレードできるかを考えておく
提供できるサービスがディスカウントしかない業界はこれから伸びない

■ 私見
知っている人・経験してきた人にしか、その人の気持ちや思いや行動が本当に分からない、理解できない。
これは一部正しいと思う。
であるならば、富裕層に対してマーケティングやモノ・サービスを提供できるのは同列同類の富裕層しかいない。
ということになる。
バブリーな豪邸に住み、高級車を乗り回し、ファーストクラスの飛行機で旅行し、、、
そんなことを未だにしている人を富裕層とカテゴライズしていいものだろうかと考える。
固定化された富裕層は存在しない。

例えば、
クロックスを履き、車はワンボックスカー、自宅で夕食、金融資産は国債と日本株式、しかし預金と投資信託は数十億単位。
外車の旧車に乗り、行きつけの高級寿司屋に2か月に1度通い、不動産売買で仕事中心の生活。
英国製高級外車に乗り、資金繰りに奔走し、接待は北新地へ行く自動車販売業会社社長。

見た目(外見)と中身(資産規模)は一致しない。
虚構でしかない「見栄」と金額で換算できる資産の「実態」は違うのである。
よくよく人を見る目を持たねばならない。