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トルネード キャズムを越え、「超成長」を手に入れるマーケティング戦略

どうしてライバル打倒が顧客に奉仕するという目的より優先されてしまうのか?

■ 読書備忘録(企業経営、ビジネススキル等に関する書籍の読書備忘録。キーエッセンスのみを引用。参考になれば幸い。)

・同一のマーケットでもセグメントによってライフサイクルが違う場合がある。

・ユーザーが活用してくれないのであれば、機能の存在価値は無い。

・お客様本位(といいながら)ライバルを倒すことばかり考えて行動してしまう。顧客にどれだけ役立つか(より)、他社に比べていかに優れているかを中心にする。ターゲット顧客にニーズ(より)、ライバル企業の現行製品を意識して新製品を開発する。ターゲット顧客の要望に合わせてパートナーを選ぶ(のではなく)よそに奪われてなるものかとばかりめぼしい相手に提携を申し出る。

その結果、私達は顧客よりも競合他社について詳しい。なぜこれほど自滅的にふるまってしまうのか?一体どうしてライバルの打倒が顧客に奉仕するという目的より優先されてしまうのか?

原因は「負けるのが怖い」から。恐怖心がエスカレートして他の目的全てを上回り、やがて「競争心過剰」の状態に陥る。「競争心過剰」は企業を脱線させる慎むべきもの。

・従来のシステムに不満を抱えているエンドユーザーのグループの現場責任者(製品を導入した時の損得勘定を直に判断する)、エコノミックバイヤーへの交渉の手順。
①あなたの画期的な製品を使うとこれまで頭痛の種だった問題点を解消出来、無駄なコストを抑えられると長所を説明。
②その問題点が現行のインフラのパラダイムに根ざしているという事実を指摘して先方の関心を引く。
③あなたの新しいパラダイムなら、エンドユーザーの業務の流れを効率化して問題点の元凶を取り除き、すぐにでも事態を改善させられる、とたたみかける。
④先方の業務の必要条件を十分に検討したところを強調し、問題点を魔法のように解消する中核的な製品ばかりかホールプロダクトまで用意してある、と伝える。
⑤このホールプロダクトの特徴をあますところなく系統だてて紹介し、先方のビジネスを深く理解していることを実証してみせて実利主義者の抵抗感を取り除く。

■ 私見
ユーザーがほとんど使わない機械のボタンやスイッチや機能は、排除すべしと説いている。開発目線ではあれこれ機能的な進歩をした技術付加することを考えがちなのであろうが(バージョンアップした同様の製品を購入してもらうためにも)。
確かに競合他社(ライバル企業)の動向、商品ばかりに目を向け、他社との「競争」に明け暮れている姿は、顧客からしてみれば、蚊帳の外のようである。恋愛に例えるならば、大切にすべき・見るべき相手は恋敵(ライバル)では決して無く、愛する人そのもののはずである。愛すべき顧客の要望・希望・欲求を叶えてあげるべく、企業は考えて行動に移すべきである。

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俺のライフサイクル

近頃、アップルの製品がお粗末だ。

スティーブ・ジョブズが、死期を悟って、自身が去った後の数年のシナリオを完璧に描いて逝ったと言われていたが・・・「ちょっとお粗末だったんじゃなかろうか・・・」と感じてしまうこの頃。いや、多分こうだろう。。。

ジョブズには1000マイル先の水平線が見えていた。しかし彼にはそこに到達するまでに通らなければならない道の詳細は見えていなかった。それが彼の天才性であり落ち度でもあった。 —ジェイ・エリオット

ジョブズが描いたシスティーナ礼拝堂天井画は余りにも壮大過ぎたんだ。

カリスマの築き上げた偉業とスピードは、あまりにもデカ過ぎて速すぎて、それが普通に感じてしまった僕たち凡人には、今のアップルに少々物足りなさを、というか、かなり物足りなさを感じてしまう。

ハードウェアとしてのPCをソフトウェアで牽引させたマイクロソフト、対極にハードウェアに新しい息吹を吹き込んで牽引させたアップル。そう考えると、インテリジェンスとインスピレーション、天才が必要なのは明らかに後者で、たぶん、よくいただろう、勉強しなくても常に成績がよく、それほど努力せずに様々なことを成し遂げてしまう連中だ。

視野が違うというか、あらゆる体験を経験に昇華させることができる連中。

前者は、努力と時間だけである程度まで達することができる。
統計学的に・・・などと曰ったり・・・。

マイクロソフトのビル・ゲイツは若い頃からビジネスマンとしての素質があった。
アップルのスティーブ・ジョブズには、常に超非凡なクリエイターとしての素質があった。

ビジネス的に・・・未来予想図とそれに付随するあれこれを用意しておくのは、新たなテクニックを常に発明し続けるのに比べると、マンパワー的にも「非凡 対 凡」の比率も比較的、事前に用意することが容易なのかもしれない。

Windows8が、XPのころと何もさほど変わらず、メモリーだけ食う代物になってしまった、で、アップルは・・・というと、NEXTベースのMacOSXに、5年前と何もさほど変わらず、メモリーだけ食う代物になってしまった。おそらく、両方のOSに似通った質感を僕たちは感じている。

「プロセッサーの能力をもっと有効利用してくれよ・・・近未来的なUIは要らん!」

なにか、脳天からひっくりかえるような、ぼくが大学の頃UNIX OSを自作PCにぶちこんで、オンリーワンのデスクトップ環境を構築して感動していたような、その類の感激をOSにも求めているんだろうなぁ。否、両者にはもう、この類のイノベーションは起こすことが出来ず、というか出来ない、というか許されない。

標準化によって得られるキャッシュは大きいが、それ以上に失う契機が大きい。

世界の何処かで誰かが変えようとしているのが、なんとなく感じるしビリビリくる物がある。でも、それがスタンダードになるのは随分後だろう。現存する在り来りなテクノロジーに、なぜか閉塞感と魔が差さない隙のなさ(*つまり、全てが予定調和でサプライズがない)を感じるのは、結構たくさんいるんじゃないかなぁ・・・と思ったりもする。

マイクロソフトにも出来ない、アップルにも出来ない、facebookにもLINEにも出来ない、基本OSの新しい考え方がある気がする。それはおそらく、「新しい隙間の時間」と「脳内オフライン」を可能にして、新しい余暇を与えてくれる、そんなテクノロジーなんだろう。(*というか、そうなってほしいという淡い期待・・・)構想は僕にでもできる。だれが共有しようが、だれが呟こうが、だれが繋がろうか、そんなことどうでもいい。自分の質感(アイデンティティ)はWiFi電波経由では探れない。

だれもが、自由に、人間の明暗を表現できる空間。それは表社会でひけらかすのは、なかなか難しいので、それを可能にしてくれるような仮想空間。一人に一つ持つことが許される合法的裏社会。ネット社会が、未だに草の根BBS(*草の根BBSに悪いかぁ?)や、2ちゃんねる的要素が入ってしまう。詳細は伏せておこう。それを丸ごと裏返して基本理念を構築してやると比較的やりやすい・・・のかもしれない。OS、APIレベルからすべてを裏返す。AndroidにiOS…競合がないので、全くの白地。

哲学めいたものからの思想の構築になるんだろう。

cpu_gpu

「ネットワークを介してなにをやりとりするのか?」
「CPUを使って何をどう調理するのか?」
「GPUで何をどうレンダリングしたいのか?」

必要最低限が一番COOL!クルマでいうと、ロータスのエクシージに投映された「必要最低限で曲がる止まる加速する運転する喜び」みたいな。クルマなら比較的構成が容易なのかもしれないが、 少し違った角度だけど、似通った(*好きな)表現でMcLarenのMP4-12とFerrariの458。Ferrariの今まで培ってきた歴史をMcLarenはこの1台で見事に否定した。

ただ、技術も金もない。たぶん、実現させてしまうのは、技術も金もない、明日の空の色さえどうでもいい、ただただ、自己陶酔のためにキーボードを叩くアナーキーな奴なんだろう。いつの時代もイノベーターはそんな質感だ。

そんな向こう見ずなアナーキーに、まだなれるかもしれない。
最後のチャンスは、ちゃんと、いつでも神様は用意してくれている。

今は何故かそう言い切れる・・・。