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ブランド(1)

  • 家族想い+スポーティーを感じるBMW
  • いつものコンビニで、手に取るレッドブル
  • 無条件に買ってしまう、いつものタバコ
  • なぜかトップページにしているあのサイト
  • ボーっとしたらクリックしているあのサイト
  • 悩んだらいつも選んでいるダブルチーズバーガー

そこにはメーカーが入念に策を練ったブランド構築があったり、ブランド・ロイヤルティがある場合が多い。

ブランド構築は、なにも小さな規模には必要なく、大きくなる過程で必要になる、、、なんてのはとんだ勘違いで、小さな規模にこそ、限られた範囲の地域一番店を目指すときにこそ、必要になる。

じゃあ、どうすれば「ブランド」って作れるの?

と必ず聞かれる。

また、今の時代見込み客のターゲッティングが比較的簡単に出来てしまうので、チラシの時代じゃないんだよ、、、なんてのは、また、とんだ勘違いで、継続的に何かをマスに発信し続ける努力は簡単にターゲッティングした分母よりも、強力になる。ただ、闇雲にやると花咲く日は明日かもしれないし、一生来ないかもしれない。

何かをやろうとすると「先ずは看板」というより、「先ずホームページ」になってしまったここ1○年ほど、しかしながら看板の効果ってのはボディブローのようにジワジワと効くあの感じが、なかなか今の商風習には合わないのか、、、と言われると、実は今も昔もさほど変わっていない現実がある。DNAレベルで組み込まれているだろう認知プロセスってのはなかなか変わらない。

販促物からブランドを構築する
パッケージングでブランドを構築する
分割してブランドを構築する
製造ラインからブランドを構築する
類似の模倣から2回ヒネリを加えてブランドを構築する
・・・

規模問わず、どれが一番最初に手が付けやすく、安く済む場合が多いか・・・となると、

販促物からのブランド再構築

になるかなぁと感じる。

どうやって構築し直すべきか?

案件数が一番多い「Web」から見ていくことにしよう。

あけぼの小西

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最初の5秒で感じる質感

ソ フトウェア開発を生業にしてきたのに、いつしかチーム内でもコンサルティングが8割になってしまった。結果、別に嫌でもなく 逆に10年前描いていた構想通りになっているのは喜ばしい。人と接する機会も増え、特に前にも増して経営者層と接する機会が増えたのは、逆にフィーを頂戴しながら勉強させてもらっているという一粒で美味しい感じもある。

曇りがちな将来性を醸し出す経営者には共通点がある。

傲慢に聞こえるかもしれないが・・・。

  • 相手の立場に立てない人(自分勝手)
  • 自分さえよければ良いというのが言葉の端々で感じる人
  • 上からの情報をひけらかす人
  • 知識が実務ベースじゃなくペーパーベース
  • 仕事がないから暇で事業できてないのに責任の所在を探らず、情報武装しだす人
  • 余裕のない人(つまり、明日の飯の種に困っている人)

こ の手は救いようがない。3項目総合して僕らは

「事業をやるのに向かない会社」

と呼んでいる。雇われている方がいろんな意味で楽だと思う。世の中は二分すると雇う側と雇われる側。別にどっちが上とか下とか関係なく、、、と言う よりは世の中的には雇われる側にウエイトが置かれる感じあります。ちょっと過剰な面もあるけどね。

あと、本から得られるものはたくさんあるが、それが全てだと勘違いしてしまう人も結構いる。得た情報は実地で揉んで、結果が出るか出ないか、徹底的にトライアンドエラー。そうしないと意味が無い。そういう意味では多種手持ちの現場でドラスティックに展開できる場を常に用意ておいて損はない。「コンサルワークの原点は?」常に考える必要がある。個人的に、自分のテリトリーで試した方法しか採用しないし、実験はテリトリー内で行う。絶対成功する方法なんてこの世の中に存在しない。

たまに、このような会社と出会う。僕たちの仕事はクライアントとコンサル(広義のサービスを提供する側)は常に立場はフラットでないと物事はうまく進まな い。どんな業態でもそうだ。この意味が全くわからない。金を払うほうがデカイ顔をしたがる人。今でも結構いる。それが大資本で市場のシェアの大半を一社独占で占めている、そんな場合はそーいう姿勢でもまかり通るかもしれないが。まずない。。。

最初会って一言二言、言葉を交わして得られた相手のしっくりこない質感
その後多少のプラス要素が加味されたとしても。。。

うまく行かない場合が多い。

直感にどっぷり身を委ねるのもたまには悪くない。

最初の5秒で感じる質感が全てだ。

あけぼの小西

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ライフサイクル(1)

ライフサイクルとは言いつつ、主題とはかけ離れた前回
商品、サービスのライフサイクルについてまじめに論じてみよう。

  • ライフサイクル
  • マーケット発展段階のキャズム
  • 千客万来トルネードの発生

経営とは極論確率論だ。

商品、サービスを市場に出す前に、高い確率でヒット、またはホームランを狙う為には、上記の3つの現象を意識する必要がある。
意識しないと、偶然のホームランになったり凡庸はヒットになったりギャンブルそのものだ。

じゃあ、買い控え(ライフサイクルにおける深淵=キャズム)から、一気に竜巻のようにお客がなだれ込む竜巻(トルネード)をおこすためにはどうしたらいいのか?ただ、最初に付け加えておくがトルネードはそれまでの市場をきれいさっぱり破壊する。

ひとつの商品やサービスに固執するほど馬鹿らしいことはない。
執着は即ち死を意味する。

いかに、飽きっぽく大胆にフットワーク軽く市場を駆けまわることが出来るのか。

それに尽きる。

世界の名だたるメーカー(*とくにハイテク関連)に関しては顕著に現れることが多い。
いかにして、キャズムに落ちずに一気にトルネードに乗ることが出来るのか?

商品ライフサイクルとキャズム理論を総合して、どのようにトルネードに乗ってマーケットを駆け抜けるのかを何回かに分けて纏めて行くことにしよう。
うちは様々な分野の商品を開発しながら市場に展開しているので現場の現象のみを扱っていく。

あけぼのこにし

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俺のライフサイクル

近頃、アップルの製品がお粗末だ。

スティーブ・ジョブズが、死期を悟って、自身が去った後の数年のシナリオを完璧に描いて逝ったと言われていたが・・・「ちょっとお粗末だったんじゃなかろうか・・・」と感じてしまうこの頃。いや、多分こうだろう。。。

ジョブズには1000マイル先の水平線が見えていた。しかし彼にはそこに到達するまでに通らなければならない道の詳細は見えていなかった。それが彼の天才性であり落ち度でもあった。 —ジェイ・エリオット

ジョブズが描いたシスティーナ礼拝堂天井画は余りにも壮大過ぎたんだ。

カリスマの築き上げた偉業とスピードは、あまりにもデカ過ぎて速すぎて、それが普通に感じてしまった僕たち凡人には、今のアップルに少々物足りなさを、というか、かなり物足りなさを感じてしまう。

ハードウェアとしてのPCをソフトウェアで牽引させたマイクロソフト、対極にハードウェアに新しい息吹を吹き込んで牽引させたアップル。そう考えると、インテリジェンスとインスピレーション、天才が必要なのは明らかに後者で、たぶん、よくいただろう、勉強しなくても常に成績がよく、それほど努力せずに様々なことを成し遂げてしまう連中だ。

視野が違うというか、あらゆる体験を経験に昇華させることができる連中。

前者は、努力と時間だけである程度まで達することができる。
統計学的に・・・などと曰ったり・・・。

マイクロソフトのビル・ゲイツは若い頃からビジネスマンとしての素質があった。
アップルのスティーブ・ジョブズには、常に超非凡なクリエイターとしての素質があった。

ビジネス的に・・・未来予想図とそれに付随するあれこれを用意しておくのは、新たなテクニックを常に発明し続けるのに比べると、マンパワー的にも「非凡 対 凡」の比率も比較的、事前に用意することが容易なのかもしれない。

Windows8が、XPのころと何もさほど変わらず、メモリーだけ食う代物になってしまった、で、アップルは・・・というと、NEXTベースのMacOSXに、5年前と何もさほど変わらず、メモリーだけ食う代物になってしまった。おそらく、両方のOSに似通った質感を僕たちは感じている。

「プロセッサーの能力をもっと有効利用してくれよ・・・近未来的なUIは要らん!」

なにか、脳天からひっくりかえるような、ぼくが大学の頃UNIX OSを自作PCにぶちこんで、オンリーワンのデスクトップ環境を構築して感動していたような、その類の感激をOSにも求めているんだろうなぁ。否、両者にはもう、この類のイノベーションは起こすことが出来ず、というか出来ない、というか許されない。

標準化によって得られるキャッシュは大きいが、それ以上に失う契機が大きい。

世界の何処かで誰かが変えようとしているのが、なんとなく感じるしビリビリくる物がある。でも、それがスタンダードになるのは随分後だろう。現存する在り来りなテクノロジーに、なぜか閉塞感と魔が差さない隙のなさ(*つまり、全てが予定調和でサプライズがない)を感じるのは、結構たくさんいるんじゃないかなぁ・・・と思ったりもする。

マイクロソフトにも出来ない、アップルにも出来ない、facebookにもLINEにも出来ない、基本OSの新しい考え方がある気がする。それはおそらく、「新しい隙間の時間」と「脳内オフライン」を可能にして、新しい余暇を与えてくれる、そんなテクノロジーなんだろう。(*というか、そうなってほしいという淡い期待・・・)構想は僕にでもできる。だれが共有しようが、だれが呟こうが、だれが繋がろうか、そんなことどうでもいい。自分の質感(アイデンティティ)はWiFi電波経由では探れない。

だれもが、自由に、人間の明暗を表現できる空間。それは表社会でひけらかすのは、なかなか難しいので、それを可能にしてくれるような仮想空間。一人に一つ持つことが許される合法的裏社会。ネット社会が、未だに草の根BBS(*草の根BBSに悪いかぁ?)や、2ちゃんねる的要素が入ってしまう。詳細は伏せておこう。それを丸ごと裏返して基本理念を構築してやると比較的やりやすい・・・のかもしれない。OS、APIレベルからすべてを裏返す。AndroidにiOS…競合がないので、全くの白地。

哲学めいたものからの思想の構築になるんだろう。

cpu_gpu

「ネットワークを介してなにをやりとりするのか?」
「CPUを使って何をどう調理するのか?」
「GPUで何をどうレンダリングしたいのか?」

必要最低限が一番COOL!クルマでいうと、ロータスのエクシージに投映された「必要最低限で曲がる止まる加速する運転する喜び」みたいな。クルマなら比較的構成が容易なのかもしれないが、 少し違った角度だけど、似通った(*好きな)表現でMcLarenのMP4-12とFerrariの458。Ferrariの今まで培ってきた歴史をMcLarenはこの1台で見事に否定した。

ただ、技術も金もない。たぶん、実現させてしまうのは、技術も金もない、明日の空の色さえどうでもいい、ただただ、自己陶酔のためにキーボードを叩くアナーキーな奴なんだろう。いつの時代もイノベーターはそんな質感だ。

そんな向こう見ずなアナーキーに、まだなれるかもしれない。
最後のチャンスは、ちゃんと、いつでも神様は用意してくれている。

今は何故かそう言い切れる・・・。