【002】社会とは ~ソサイエティとコミュニティ~(7)

発信者が伝えようとするメッセージは、発信者が頭で考えたり、感じたりしたことを「何らかの表現」に置き換えてチャネルに載せなくてはなりません。

 

この“何らかの表現に置き換えること”を「記号化」と言います。

 

記号化されたシグナルを受信者が受け取り、発信者の意図したメッセージ(意味)に復元することを「復号化」と言います。

復号化は「解読」とも言います。

 

この「記号化」と「復号化」こそカギなのです。

 

communication_structure

【001】で載せた図を再掲します。

 

この「記号化」がうまくいっていない、もしくは「復号化」がちゃんとできない、ということがコミュニケーションを不成立としていることが多々ある、と言うことです。

【002】社会とは ~ソサイエティとコミュニティ~(6)

ではまず、コミュニティとは何か、ということを考えていきます。

 

実は、ここで【001】で述べたコミュニケーションというものが絡んできます。

 

そこでは、コミュニケーションとは通信である、と述べました。

 

通信には、人による伝言、手紙、電話などから、現在のスマートフォン上でのメッセージのやり取りなども含まれます。

昔の狼煙によるやり取りも通信の1つであることは、歴史の授業で学んだかもしれません。

 

これらのように、情報の伝達が双方向で行われ、コミュニケーションが成立するためには「発信体のメッセージに対して、それに即した内容のリアクションが受信体から返報され、そのリアクションのメッセージを発信体が受け取ることができた」ということによる、としました。

 

実は、ここで【001】でキチンと説明していない事柄があります。

 

コミュニケーションが成立するための要件は上記の通りなのですが、そのためにはメッセージをシグナル(信号/記号)とする必要があるということも【001】では述べました。

ここにポイントがあったのです。

【002】社会とは ~ソサイエティとコミュニティ~(5)

では、社会とは一体何なのか?ということですが、これは一意に定まるものではありません。

 

ただ、概念として捉える際に、大きくは以下の2つに分けられると考えます。

  • ソサイエティ(society)
  • コミュニティ(community)

(これ以外に、パブリック(public)というものもありますが、これはどちらかと言うと「公共」になると考えており、社会とは少し違うものと捉えております)

それぞれはどういうもので、この2つの違いが何か、ということが、社会というものを理解する上で重要なポイントになるのです。

 

まず前提として、合同ではない、ということを確認しておきます。そして、包含関係となる大小を持つ、ということです。

結論から言えば、「community ⊆ society」 ということになります。

 

コミュニティはソサイエティの一部であるのだから、同じなのではないか、という指摘があると思いますが、ある臓器が人の身体の一部であるから臓器と身体が同じであるというかと言えば、そうではないことからも解るように、人の身体にその臓器は必要ですが、それは同じということではなく、また十分でもない、ということが理解できる筈です。

【002】社会とは ~ソサイエティとコミュニティ~(4)

そして、私が今回のテーマに「社会とは」を選んだのには理由があります。

 

「社会とは何か」

このことを理解していない人が多過ぎて、そのために議論が噛み合わない人が多い、即ち、コミュニケーションが不成立になってしまうことが多々あるのです。

 

「社会」という言葉について学んだのは、多くの人は小学校の科目名が初めてでしょう。

 

故に、地理・歴史・公民(政治・経済・倫理など)の分野で学んだ範疇のことを「社会的」な知識領域だと考えていることも多いようです。

 

しかし、それはこれらの範疇の事柄の一側面を表現した場合に、最も近しいものであった、というに過ぎません。

【002】社会とは ~ソサイエティとコミュニティ~(3)

相手が傷ついたり、拒否したりしていることを、強引に「自分ルール」で勝手によしとしてしまうことは許されません

新聞・TVなどのメディアが公権力への批判を行うことと同じスタンスで、誰にでも臨んではいけない、ということです。

 

一切批判するな、というつもりは毛頭ありませんが、批判したり評価したりするなら、せめて一旦同じ土俵に立ってから、思考を明確かつ適切に行うことで、建設的な議論としてくれ、という考え方です。

 

繰り返すようですが、これに同意できないのであれば、読むのは無駄ですから、私の記事など読まないで下さい

 

ROMっていただくのは勝手ですが、それはあなたの人生の貴重な時間を無駄にするだけです。

合わない意見を読んで憤慨し、平行線を辿って噛み合わない非建設的な議論で無駄な時間を浪費するよりは、自分で考えて、自らなりの思考体系を構築する方が人生の貴重な時間を有効に活用できます。

 

以上について、一切の反論を受け付けるつもりはございません

 

この点について反論するくらいなら、読むこと自体が無駄であるから、私の記事など読まなければ良いのです。

 

今後の記事においても、皆様から意見や感想、疑問、反論などを伝えたいと考える場合には、まずはこの前提に立ち、その上で建設的な議論ができることを望んでいます。

 

当方のブログ記事に対するスタンスは以上です。